【品川宿で飯盛女と遊ぶとナンボ?】

 品川宿は江戸時代の東海道の第1宿。東海道の旅と言えば「弥次喜多道中」でおなじみ、
十返舎一九の「東海道中膝栗毛」が有名です。この物語が出版された享和2年(1802年)
頃の東海道の旅籠屋代は200文(1文=200円の試算、現代の物価にして約1800円)
でした。この頃からおよそ60年間は旅籠屋代は200文程度を維持していたようです。こ
れが朝晩2食ついてのお値段ですから、現代を基準に考えると驚きの安さです……と思い
きや、大工さんの1日の賃銭が350文(約3150円)だったと言いますから、庶民の旅人
たちにとっては決してメチャ安だったわけではありません。
 品川宿をはじめ、東海道に居並ぶ大きな宿場では遊女(飯盛女と呼ばれていた)と遊べ
たのですが、この飯盛女の揚代は500~700文、中規模の宿場では300文。お酒1
本と肴1品程度の酒肴代が400文、番頭や仲居への祝儀が200文くらいだったといい
ます(「講座日本風俗史別館6」)。この揚代の半分は抱え主に行ってしまうし、僅かな
取り分の中から着物やかんざしを新調させられたりするので、彼女たちの借金はなかなか
減らない仕組みになっていたようです。ちなみに品川宿は各旅籠で大勢の飯盛女を抱え、
この手の場所としては、吉原に次ぐ繁栄を誇っていたとか。

おすすめサイト